東京高等裁判所 平成7年(行ケ)285号 判決 1997年9月17日
東京都文京区西片2丁目10番12号ウエストウッドマンションズ104号
原告
富所晥之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
舟木進
同
神悦彦
同
幸長保次郎
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第24422号事件について、平成7年8月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年7月7日、名称を「ボールねじ持ち上げ装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をした(実願昭61-104093号)が、平成3年11月19日に拒絶査定を受けたので、同年12月19日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成3年審判第24422号事件として審理したうえ、平成7年8月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月1日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
雄ねじ溝を形成し、かつ軸線と平行な縦溝を設けたねじ軸と、上記雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設け、回転力を付与するための駆動部を設けた回転ナットと、上記ねじ軸が挿通され、上記回転ナットをボールベアリングを介して支持する固定スリーブと、さらに上記ねじボールに関して上記駆動部と反対側において上記縦溝に摺動可能に挿入され、上記固定スリーブに支持された回り止めとを有することを特徴とするボールねじ持ち上げ装置。
3 審決の理由
審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願考案は、米国特許第3046808号明細書(以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例考案1」という。)及び特公昭28-453号(以下「引用例2」といい、そこに記載された考案を「引用例考案2」という。)に記載されたもの並びに周知慣用技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないと判断した。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、引用例1及び2の各記載事項の認定、本願考案と引用例考案1との相違点(イ)及び(ロ)の認定は認める。一致点の認定は争う。相違点(ロ)の判断は認めるが、相違点(イ)の判断は争う。
審決は、本願考案と引用例考案1との相違点を看過する(取消事由1)とともに、相違点(イ)についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 相違点の看過(取消事由1)
本願考案は、引用例考案1の具備しないねじ軸の外径面を固定スリーブの内径面に挿通するとの構成を有するものであり、審決は、この点を看過して一致点の認定をしたものである。
すなわち、本願の明細書及び図面(甲第5号証、以下図面も含めて「本願明細書」という。)第1図に示されているように、本願考案のねじ軸7は、固定スリーブ2に挿通されており、ねじ軸7の外径面が固定スリーブ2の内径面に摺動する構造である。この結果、ねじ軸の外径面と固定スリーブの内径面との接触面積を大きくすることができ、かつ、ねじ軸の直進運動に高い安定性が得られ、構造も簡単で、長期間の使用においても安全性と耐久性の向上に多大な効果が認められる。
これに対し、引用例考案1のネジ26は、ハウジング10に支持された一対の循環ボール組立体34、36、補助セット38、40の循環ボールにより保持され、循環ボールがネジ26の平坦部32とネジの頂部42とで当接することにより、ネジ26の直進移動時の横ゆれを防止させる構造である。しかし、上記補助セットの中のボール60、62は、ネジ26の移動時、ネジの頂部42と谷部を交互に通過するから、ネジ26の通過時の振れによりネジの頂部42の頂部の角面とボール60、62が当たり、また、上記循環ボールセットの循環ボールの通過時では、平坦部32を形成する平坦部分のネジ山28の角部に当たる。したがって、ねじ軸の移動通過時の直進運動が不安定であり、長期間の使用による変形や磨耗のおそれがある。
審決は、上記のような本願考案と引用例考案1との相違点を看過したものである。
2 相違点(イ)についての判断の誤り(取消事由2)
引用例2(甲第3号証)の第3図には、雄ネジ1が他物体に固着され、本願考案と同様に雄ネジ1自体が回転しないものが示されており、雄ネジ1が固着された上記他物体と物体9とは互いに回転せずに垂直方向に変位できる構造であるが、雄ネジ1は他物体に対して移動することができず、物体9が移動体となるものである。また、雄ネジ1及びこれを固着した他物体に対して駆動力を付与するナット5の位置は、常に変動するという不具合がある。さらに、雄ネジ1は同第1図及び第2図に示されたように、内部ボール保持円擣管2のみに保持され、移動時には、雄ネジ1は内部ボール保持円擣管2だけの不安定な保持状態となるものである。
これに対し、本願考案は、ねじ軸7に設けた縦溝9に固定スリーブ2に固定した回り止め10を嵌合挿入させ、回転ナット4を回転させると、回り止め10によりねじボール5と螺合したねじ軸7を回転させることなく、一定の回転駆動力に対し非常に大きな直進運動力を得ることができる。また、ねじ軸7に回り止め機構を設けることで、それ自体が単独直進移動することができる作用と、駆動回転力を付与する回転ナット4と支持点となる固定基台1とは、ねじ軸7の移動時において常に一定の位置が維持できる作用を有する。さらに、前記1に記載したように、本願考案は、ねじ軸7の外径面が固定スリーブ2の内径面に摺動する構造を有することにより、直進移動における高い安定性や使用の際の安全性・耐久性の向上という多大の作用効果を奏するものである。
以上のとおり、引用例考案2は、本願考案とは別異の構造及び作用を有しており、引用例考案1に引用例考案2の回転ナットを組み合わせることは当業者にとって困難であり、仮にこれらを組み合わせたとしても、本願考案の構造及び作用効果を有するものではない。
したがって、審決が、相違点(イ)の判断において、引用例考案1に引用例考案2を応用することは「当業者が必要に応じてきわめて容易に考えうる程度のことと認める。」(審決書5頁20行~6頁2行)としたことは、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
本願考案におけるねじ軸と固定スリーブの挿通状態について、本願明細書(甲第5号証)の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明には、原告が主張するような「ねじ軸7の外径面が固定スリーブ2の内径面に摺動する」構造、及びそれに基づく直進移動における高い安定性や使用の際の安全性・耐久性の向上という作用効果は、全く記載されておらず、これらに関する示唆もない。
したがって、本願考案が上記の構成を有することを前提とする原告の主張は理由がなく、審決の一致点及び相違点の認定(審決書4頁8行~5頁5行)に、誤りはない。
2 取消事由2について
引用例考案1のボールナットと引用例考案2の内部ボール保持円擣管は、いずれも回転ナットを僅少の回転力によって回転可能とし、回転ナットの回転運動をねじ軸の相対的な上下直進運動に換えるために、ボールを用いた回転ナットとボールねじを利用した機構として共通しているので、審決は、相違点(イ)の判断において、引用例考案1のボールナットに換えて、引用例考案2の雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けた回転ナット(内部ボール保持円擣管)を応用することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に考えうる程度のことと判断した(審決書5頁17行~6頁2行)ものである。
また、その作用効果についても、引用例考案1のボールナットに換えて、引用例考案2の雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けた回転ナットを採用した場合、ハウジング10に対してネジ26を回り止め(循環ボール組立体34、36、38、40、周知慣用の回り止め機構であるネジ杆に設けたキー溝と回り止めのキーなど)によって回転不可に挿入し、ボールナット20を回転させると回り止めによりボールナット20と螺合したネジ26を回転させることなく一定の回転駆動力に対し非常に大きな直進運動力を得ることができ、さらに、ネジ26に周知慣用の回り止め機構であるネジ杆に設けたキー溝と回り止めのキーを設けることで、ネジ26自体が単独直進移動することができる作用と、回転駆動力を付与するボールナット20とそれを支持したハウジング10とはネジ26の移動時において常に一定の位置が維持できる作用を有するという、本願考案と同等の作用効果を奏するものである。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書6頁14~17行)にも、誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
審決の理由中、本願考案の要旨及び引用例1の記載事項の認定、本願考案と引用例考案1との相違点の認定は、いずれも当事者間に争いがない。
本願考案におけるねじ軸と固定スリーブの挿通状態について、本願明細書(甲第5号証)には、その実用新案登録請求の範囲に、「上記ねじ軸が挿通され、上記回転ナットをボールベアリングを介して支持する固定スリーブと、」(同号証1頁1欄7~8行)と記載され、考案の詳細な説明には、「固定スリーブ2にはボールベアリング3を介して回転ナット4が回転自在に装着され且つこの回転ナット4と固定スリーブ2とに挿通されてほぼねじボール5の半径形状の雄ねじ溝6を外周に形成したねじ軸7が上下動自在に挿通されている。」(同号証2頁4欄2~6行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願考案においては、固定スリーブ内にねじ軸が上下動自在に挿通されるものと認められるが、ねじ軸の外径面と固定スリーブの内径面が摺動可能に当接するなど、その挿通状態について特段の限定がなされるものでないことが明らかであり、前示本願考案の要旨に示されている構成からは、ねじ軸の外径面が固定スリーブの内径面に摺動する構造のみが規定されているということはできない。
原告は、本願明細書の第1図を根拠に、本願考案はねじ軸の外径面が固定スリーブの内径面に摺動する構造を有する点で引用例考案1と相違し、このことにより本願考案が多大な効果を奏すると主張する。
しかし、原告の上記主張は、前示本願考案の要旨に基づくものとは認められず、前記図面の記載は、本願考案を実施する際の一態様を記載したものにすぎないことが明らかであるから、上記効果の点について判断するまでもなく、原告の主張はそれ自体失当である。
したがって、審決における本願考案と引用例考案1との一致点及び相違点の認定(審決書4頁8行~5頁5行)に、誤りはない。
2 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)について
本願考案と引用例考案1とが、審決認定の相違点(イ)のとおり、「本願考案の回転ナットは、雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けたものであるのに対して、甲第1号証刊行物記載のもの(注、引用例考案1)は、雄ねじ溝28に係合するねじボール30を有するボールナット20である点」(審決書4頁15~19行)で相違すること及び審決の引用例2の記載事項の認定(同5頁8~13行)は、当事者間に争いがない。
引用例2(甲第3号証)には、「通常の雄ネヂ、雌ネヂにて構成されたネヂに於ては、例へばこれが大なる荷重の物体―操舵機構、ゲート開閉機構等―を動かし、又は圧力を加える締付用、圧搾用―レール・ベンダー・搾油機圧延機等―に使用される場合に於ては、両ネヂ山の接触面に於ける面に垂直なる方向の力は、非常に大となるものであつて、従つてこの部分の摺動の為の抵抗力は、亦非常に大きい。・・・又物体を動作させる為のネヂ機構を有する機器装置に於ては、両ネヂ部分の摺動が絶えず起るが故に、この部分の摩耗は甚だしく従つて機械的ガタが早期に生ずる恐れがある。本発明は斯る欠陥を除去せんとするものにして、図面第1図及第3図に示す如く雄ネヂ1はボール4の半径rに等しい凹円弧形の断面となる如くネヂ溝を切削し雌ネヂに相当する部分としては6なる形のボール挿入用孔を前記雄ネヂのピツチに対して円周面上に適当な配置に穿つた内部ボール保持円擣管2を以てなし6なる孔にはボール4を挿入し雄ネヂ凹円弧形溝に入り込む如くなし且つ荷重、圧力等に依りボールが孔から外部に押出されざる様3なる外部ボール保持円擣管にておさえる。」(同号証1頁左欄7行~右欄2行)、「第3図は、雄ネヂ1が他物体に固着されて回転し得ず内部ボール保持円擣管2を外部加圧力にて回転させる場合で、而もこの2部分の振りに対する強度を肉厚な部材の使用に依りて増大させ、そのため各孔に2個づつのボールを挿入したものであつて、スラスト・ボール・ベアリング7を2個用いて、2に切削せるネヂ11とナツト5で取付物体9に穿てる穴8内に挿入して図示の如く取付ける。」(同頁右欄16~24行)と記載されている。
これらの記載及び引用例2の第1図、第3図によれば、引用例考案2は、通常の雄ねじ、雌ねじで構成されたねじでは、荷重の大きな物体を動かし又は圧力を加える場合に、摺動のための抵抗力及びそれに伴う摩耗が大きいという欠陥が生ずるため、これを除去することを目的として、雌ねじに相当する部分として雄ねじのピッチに対して円周面上に適当な配置に穿った内部ボール保持円擣管を用い、該円擣管の孔にボールを挿入して雄ねじの凹円弧形溝に入り込む構成を採用した、いわゆるボールねじ持ち上げ装置であり、同第3図には、雄ねじが他物体に固着されて回転せず、内部ボール保持円擣管を回転させる形態のものが図示されているものと認められる。そして、上記の構成により、引用例考案2は、ねじ山相互間に起こる摺動摩擦をボールの転動摩擦に置き換えることにより摩擦抵抗力を小さくし、小さな力によって大きな力を発生させるという作用効果を奏するものということができる。
また、引用例考案1が、「雄ねじ溝28及び軸線に平行な平坦部32を設けたねじ軸26と、雄ねじ溝28に係合するねじボール30を有するボールナット20と、ボールナットに回転力を付与するためのギヤ44、ピニオン46よりなる駆動部と、ねじ軸26が挿通され、ボールナット20をボールベアリング22、24を介して回転自在に支持するハウジング10と、雄ねじ溝28の平坦部32に当接し、ハウジングに支持された循環ボール組み立て体34、36、38、40によりねじ軸の回り止めとし、またねじボールに関して上記駆動部の反対側に上記回り止めが配置されている、持ち上げジャッキ」(審決書3頁15行~4頁6行)であることは、当事者間に争いがなく、このこと及び引用例1(乙第2号証)によれば、引用例考案1は、雄ねじと雄ねじ溝の溝に係合するボールを有するボールナット等により構成され、ボールナットの回転力により、雄ねじを回転させることなくねじ自体が単独直進移動し、ボールナットと固定基台とは常に一定の位置が維持したまま大きな荷重の物体を持ち上げる、いわゆるボールねじ持ち上げ装置と認められる。
そうすると、引用例考案1及び2は、いずれも雄ねじと雄ねじ溝の溝に嵌合又は係合するボールとを有し、外部圧力により回転するボールナット又は内部ボール保持円擣管の回転力により雄ねじを直進移動させ、荷重の大きな物体を動かすボールねじ持ち上げ装置として共通するものと認められるから、ボールを支持回転させるための引用例考案1のボールナットに換えて、引用例考案2の内部ボール円擣管を適用することに格別の困難性はなく、当業者が必要に応じてきわめて容易に考えられることといわなければならない。
したがって、審決が、相違点(イ)の判断において、「甲第2号証刊行物(注、引用例2)には、ボールネジにおいて、雄ネジ1(雄ねじ溝)の溝に嵌合するボール4(ねじボール)を挿入するボール挿入孔6(透孔)を複数箇所設けた内部ボール保持円擣管2(回転ナット)が、実施例として記載されている。・・・そして、甲第1、2号証刊行物(注、引用例1、2)に記載のものは、ともにボールねじを利用した機構として共通しているので、甲第1号証記載のボールナットに換えて、上記甲第2号証刊行物記載の雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けた回転ナットを応用することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に考えうる程度のことと認める。」(審決書5頁8行~6頁2行)と判断したことに誤りはない。
原告は、本願考案ではねじ自体が単独直進移動でき、回転ナットと固定基台とは常に一定の位置が維持できるのに対し、引用例2の第3図における雄ねじは、他物体に対して移動できず、物体自体が移動体となるものであり、駆動力を付与するナットの位置は変動する不具合があるから、引用例考案2と本願考案は異なる構造と作用を有し、これと同じく本願考案と異なる引用例考案1との両者を組み合わせることは、当業者にとって困難であると主張する。
しかし、原告が主張する、ねじ自体が単独直進移動でき、回転ナットと固定基台とは常に一定の位置が維持できるという本願考案の作用効果は、前示のとおり、引用例考案1において達成されているものと認められるのであって、審決は、このことを前提として、相違点(イ)の判断においては、本願考案の回転ナットに相当する、引用例考案1のねじボールを有するボールナットに換えて、引用例考案2のねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けた内部ボール保持円擣管を採用することがきわめて容易であると判断したものであるから、原告の主張は採用できない。
また、原告が主張する本願考案の作用効果についても、引用例考案1に引用例考案2を適用することから当然に予測できるものにすぎないことは、前示の認定に照らして明らかであり、この点に関する審決の判断(審決書6頁14~17行)に誤りはない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成3年審判第24422号
審決
東京都文京区向丘1-6-17
請求人 富所・晥之
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 中村稔
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 串岡八郎
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 大塚文昭
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 宍戸嘉一
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 今城俊夫
昭和61年実用新案登録願第104093号「ボールねじ持ち上げ装置」拒絶査定に対する審判事件(平成6年10月19日出願公告、実公平6-40360)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
(3-24422)
「理由」
1. 本願は、昭和61年7月7日の出願であって、その考案の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、
「雄ねじ溝を形成し、かつ軸線と平行な縦溝を設けたねじ軸と、
上記雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設け、回転力を付与するための駆動部を設けた回転ナットと、
上記ねじ軸が挿通され、上記回転ナットをボールベアリングを介して支持する固定スリーブと、さらに
上記ねじボールに関して上記駆動部と反対側において上記縦溝に摺動可能に挿入され、上記固定スリーブに支持された回り止めと
を有することを特徴とするボールねじ持ち上げ装置。」
にあるものと認める。
2. これに対して、当審における実用新案登録異議申立人 日本精工株式会社は、この出願前公知の甲第1号証刊行物(米国特許第3046808号明細書)と、同じく甲第2号証刊行物(特公昭28-453号公報)を証拠方法として提出し、本願考案は、甲第1~2号証刊行物に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない旨主張している。
3. 甲第1号証刊行物には、ボールナット・ねじタイプの支持・駆動装置に関し、実施例として、持ち上げジャッキ(a lift jack)が図面とともに記載されている。そして、図面及びその説明からみて、「雄ねじ溝28及び軸線に平行な平坦部32を設けたねじ軸26と、雄ねじ溝28に係合するねじボール30を有するボールナット20と、ボールナットに回転力を付与するためのギヤ44、ピニオン46よりなる駆動部と、ねじ軸26が挿通され、ボールナット20をボールベアリング22、24を介して回転自在に支持するハウジング10と、雄ねじ溝28の平坦部32に当接し、ハウジングに支持された循環ボール組み立て体34、36、38、40によりねじ軸の回り止めとし、またねじボールに関して上記駆動部の反対側に上記回り止めが配置されている、持ち上げジャッキ」が記載されているものと認める。
4. 本願考案と、甲第1号証刊行物に記載されたものとを対比すると、本願考案のボールねじ持ち上げ装置、固定スリーブがそれぞれ甲第1号証刊行物記載の持ち上げジャッキ、ハウジングに相当し、下記の点(イ)(ロ)で相違するが、その他の点では、表現上の違いはあるが実質的に一致する。
(イ)本願考案の回転ナットは、雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けたものであるのに対して、甲第1号証刊行物記載のものは、雄ねじ溝28に係合するねじボール30を有するボールナット20である点。
(ロ)本願考案が、ねじ軸に設けた縦溝に摺動可能に挿入され、固定スリーブに支持された回り止めであるのに対して、甲第1号証刊行物記載のものは、ねじ軸26の平坦部32に当接し、ハゥジングに支持された循環ボール組み立て体34、36、38、40によりねじ軸の回り止めとした点。
5. 上記相違点について検討する。
相違点(イ)について
甲第2号証刊行物には、ボールネジにおいて、雄ネジ1(雄ねじ溝)の溝に嵌合するボール4(ねじボール)を挿入するボール挿入孔6(透孔)を複数箇所設けた内部ボール保持円壽管2(回転ナット)が、実施例として記載されている。(第3図及び公報第1頁右欄第9行~24行参照、なお()は本願考案との対応関係を明瞭にするため記載)そして、甲第1、2号証刊行物に記載のものは、ともにボールねじを利用した機構として共通しているので、甲第1号証記載のボールナットに換えて、上記甲第2号証刊行物記載の雄ねじ溝の溝に嵌合するねじボールを挿入する透孔を複数箇所設けた回転ナットを応用することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に考えうる程度のことと認める。
相違点(ロ)について
ねじ軸に設けた縦溝に摺動可能に挿入され、固定部材に支持された回り止めは、甲第1号証刊行物の第4欄第54行~65行の記載及び、審査の段階で拒絶の理由に引用した実公昭33-4037号公報に示されるネジ杆に設けたキー溝と回り止めのキーように、ねじの回り止めとしてきわめて周知慣用の技術である。したがって甲第1号証刊行物記載のねじ軸の回り止め機構として、上記のような周知慣用の技術を応用することは、当業者がきわめて容易考えうる程度のことと認める。
そして、上記相違点(イ)(ロ)に基づく作用効果についても甲第1、2号証刊行物及び上記周知慣用技術から当業者がきわめて容易に想到できる程度のことにすぎない。
6. 以上を総合的に勘案すると、本願考案は、甲第1~2号証刊行物に記載されたもの、及び周知慣用技術から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであって、実角新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年8月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)